8〇3が葬儀に来たので、8〇3についてちょっと考えてみた…

なんで8〇3だってわかるの?

それは彼らがそういう格好をしているからです。髪型もそうですし、室内なのにサングラスを取りませんし、喪服だって特注品なのか?詰襟の学生服のような喪服を着てきたりもします。それは彼らが『なめられたら負け』の世界で生きているからです。ですから、黒塗りのレクサスが3台も連なってやって来たりすると、我々は8〇3だと認識するのです。もちろん違う場合もありますよ。でも、搭乗員が全員男性で運転手が体格のいい男性の場合は殆どが8〇3ですね。運転手は下っ端の体格のいい男性が選ばれるのが掟みたいです。

義理と人情を重んじるのが任侠(にんきょう)

あなたは任侠と8〇3の違いが分かりますか?8〇3は元々、任侠集団と呼ばれ地域の自警団の役割を果たしていた存在なのです。まだ警察システムが稼働していなかった江戸時代など、地域を守るために若い連中が集まって自警団を結成したのが始まりです。彼らは地域を守る為に、他の地域から来る侵略者と戦ったりしなければなりませんでした。ですから、気性の荒い連中が集まるのが必然でした。しかし、ただの荒くれ者どもの集まりになってしまえば自警団としての役割など果たせません。そこでそんな連中を束ねる存在が親分だったのです。親分は自らの集団に掟を課しました。それが『仁義』です。仁義とは『人の歩く道』ということで、困っている人や弱い者を自らの身を挺して助ける自己犠牲の精神を表します。そして仁義を重んじる人のことを任侠者と呼びました。ですから、任侠者は本来慕われるべき存在なんです。よく時代劇で気性の荒そうな人間が村の代表のように親分と呼ばれて慕われているのは、彼が8〇3ではなく任侠者だからです。8〇3など誰からも慕われたりはしません。

893と任侠は全く違った存在

任侠集団にはカリスマ的な親分が必要です。仁義を重んじる親分が存在するからこそ、荒くれ者たちの集団が任侠集団として成立するわけです。しかし、そんな存在がいなかった場合どうなるかというと集団の結束力は薄れ、様々な派閥が派生することになります。現在は、そんな派閥が組織内に存在しており混沌としている状況です。このような統率の取れていない集団を8〇3と呼称するのです。8〇3の中でも仁義を重んじる派閥も存在します。しかし、問題を起こす派閥が勢力を増している状況では全体として8〇3の印象は悪くなる一方なのです。

893の勢力は減少する一方

戦後、日本がめちゃくちゃになると警察が機能しなくなって犯罪が猛烈に増加しました。そんな状態で大量に自然発生したのが自警団でした。この自警団は現代まで形を変えて存在し続けています。それが8〇3です。ですが任侠集団のような統制はとれておりません。チンピラも居れば、任侠もいる。そんな混沌とした集団を8〇3と呼びます。現代では警察システムも正常に機能しており、少子化の影響もあることで8〇3の勢力は減少の一途を辿っているのが現状です。

893稼業という楽な仕事は本来存在しない!

地域から慕われる存在であった任侠集団ですが、彼らはちゃんとした仕事を持っていました。それが大工や火消しなどといった職業です。これらの職業は尊敬できる親分がいてはじめて成り立つ職業といってもいいでしょう。それ故にこの集団は家族のような固い絆で結ばれ、地域に貢献しながら生きてきました。しかし現代では自警団の役割は警察が担い、集団を統率する親分の必要性が薄れ、かつて固い絆で結ばれていた集団の繋がりは薄れ、任侠集団は8〇3へと姿を変えました。よって集団はバラバラになり、面倒を見てくれる親分を失った子分は楽な方へ楽な方へと進み、やがて仁義を踏み外し、人々に迷惑を掛けながら生きるという8〇3者になりました。8〇3の印象が悪いのはこういった楽な道へと進んで仁義を蔑ろにした連中が増えている為です。

現代でも任侠者は仲間に慕われている!

任侠であれ、そこから派生した893であれ、やはり外見は通じるところが多いです。体格の立派な荒くれ者たちが集まっているのは現代も過去も変わりありません。一般的な見識で判断すれば素直に『近寄りたくない』人間でしょう。ですが、そんな彼らの見た目とは裏腹に任侠者の葬儀はこじんまりとしていますが参列者は多いです。多いといっても30人くらいです。それでも、身内や仲間からは慕われていたんだなって伝わってくる温かい葬儀になります。女性の方とかみんな泣いていますからね。確かに荒っぽい連中ですが、こういった感情の籠った暖かい葬儀は、普通の人の葬儀ではなかなか感じられないものですので、そこにはやはり強い絆が感じられて筆者も胸が熱くなったりしました。

対して893には参列者が少ない。

仁義を重んじなかった荒くれ者は慕われることはありません。参列者すらいない場合も多いです。彼らの多くは生活保護を受けていて、親戚縁者からも絶縁されたような状態だそうです。これが任侠と8〇3との違いなのだとしみじみ思い知らされる場面です。

任侠者はガラは悪いが礼儀正しい、対して893はガラも悪いし粗暴だった。

任侠者と8〇3の見分け方は難しいものがあります。ですが、態度で見分けることは可能です。任侠者は静かに構えている感じですね。対して8〇3はふらふらしています。無駄な動きが多いというか、一か所に留まってません。焼香の順番にも並びませんし、焼香が終わったらすぐに8〇3連中とお喋りを始めます。任侠者は見た目は怖いですが、こちらの指示にもちゃんと従ってくれますし、案内をした後には会釈もしてくれます。他人に迷惑を掛けないという姿勢が伝わってきます。一方、8〇3は他人などどうでもいいといった感じですね。自分たちが主役でなければ気が済まないといった連中です。だから、こちらの指示も聞きませんし、支持されることに対して不快感をあらわにするので、もう放っておきます。放置状態です。ですから、もう葬儀はバラバラになります。和尚さんも関わりあいたくないので、さっさとお経を済ませて帰ってしまいます。それほどの違いが任侠者と8〇3にはあるのです

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